<前回までのあらすじ>バラナシはまさに思い描いていたインドそのもの。とろみのある混沌があり、濁ったような空気と熱気がウネウネと立ち込めておりました。
バラナシという街は迷路のように入り組んでいて、自分が来た道を覚えられないから行きたいところにたどり着くのも一苦労です。
インド人に道聞いても「あっちだ」「こっちだ」と教えてくれるのはいいのですが、あっちのほうをみても、もうあっちがどこかわからないし、こっちもほとんどこっちではない。
無秩序に建てられたような建物、同じように見えるけど、絶対に同じ規格の建物ではない。
磨り減った石の階段、はがれてるペンキの文字に道幅は2mないくらい。
そこから雨よけの帆を通して日の光が差しているから、昼でも薄明るく埃がたっているからボンヤリしている。
埃がキラキラしているような。
いままでもインド各地で野良「牛」はいたるところで見てきたけども、バラナシの牛は距離が近い。
狭い路地裏に牛がどっかり横たわっていたり、ノシノシと歩いていたりすると、人間が通れる隙間はほんの少し。
完全に立ち往生ということで道を変えざる得ないということもしばしば起こる。
横をすれ違う時は今までのより近いから初めは怖い。
「近っ!!怖っ!」さらに牛がお尻を向けたときは緊張する、糞、尿をまさに人並み以上にするから。
そしてバラナシの牛は人格すら感じる。
牛乳などをだせない牡牛などは神聖視されているとはいわれるけど、食べられないから邪魔者あつかい。
牝牛は鎖につながれて飼われているのもいる。
牛の方も知ったこっちゃ無いと偉そうにぐったりしてたり、ゴミを漁ってみたり、八百屋から野菜をかっぱらおうとしたりする。
棒でたたかれ、仕方なしに場所を変えようとする牛に人間のような表情があります。
でっかくて、どこ見てるのかわからないビー玉みたいな目でのっとり見つめられる。
階段でつまずいて、転びそうになっていたりするときとかも。
本当に今までの街以上に牛と人間の立場というものがわからなくなります。
ということで狭い路地を道に迷いながら、牛の糞をよけながら、客引きの相手をしながら、バイクをよけながら、コーラばかり飲んでました。
結局のところインドのことは1%もわかっておりませんが、この時まさにインドのインドたる部分に触れてた自覚はありました。
それはとても居心地がよく、いろんなことがどうでもよくなる感覚です。
バターチキンまであと24日!!!
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